言いたいことdiary

50代になって思うこと

私とお餅の50年

今でこそ、お餅はスーパーで年がら年中買えるようになったが、私が子供の頃は本当にお正月しか食べられなかった特別なものだったように思う。 我が家は母の実家から貰うのが常だった。朧げな記憶では、昭和50年前後まで臼と杵で餅つきをしていて、母も手伝い…

私とお正月の50年

お正月という言葉に特別感があって、今よりずっと楽しかったと思う。楽しい理由だって、冬休み中だからとか、お年玉を貰って好きなものが買えるとか、そんな程度だ。 現代の方が楽しみ方を始め、何もかも上回っているのに、昔の方が豊かな気持ちだった気がす…

私とGWの50年

5月連休、ゴールデンウィーク。 50年振り返ってみても、特に楽しかったことなんてないかも。 小学生の頃は単純に学校の休みが多くて嬉しかったのかな。早起きしなくていいとか、学校までの長い道のりを歩かなくてもいいとか。 そもそも学生は連休じゃないし…

私と卒業の50年

私は卒業式が大嫌いだ。 元々、環境が大きく変わることが恐れを感じるくらい苦手なので、これからの新生活への不安と、今までの生活に別れを告げるのが嫌で、我慢していても泣いてしまうからだ。 それも半端なく泣いてしまう。メソメソと涙を流しているくら…

私と読書の50年

今日は一粒万倍日と天赦日が重なる日。 こんな日は楽しいことをテーマにしよう。 私の子供の頃の楽しみは読書だった。時間を忘れるほどのめりこんで、叱られることもしばしば。 本の厚みがあればあるほど、楽しい話に違いないとワクワクした。 どういうわけ…

私とお年玉の50年

お正月といえばお年玉。 小さい頃は嬉しくもあり、少し怖くもあった。 怖いと言うのは、お年玉を貰うと、必ず母に金額を聞かれ、額によっては母が不機嫌になったり怒られたりしたためだ。 怒られたというのは、実際のところはニュアンスが違うのかもしれない…

私と50年

取り立てて秀でるものもなく、 友人が多いわけでもなく、 インスタにUPできるような出来事も特にない。 世の中にはこれら全てを持ち合わせてる人もいるわけで。 でも、そんな人も私も、平等に歳は取り、 1年という時間の流れも平等。 50代も半ばに差しかかり…

マルチの切れ目は縁の切れ目

マルチという言葉はなんとなく胡散臭さがつきまとう。イメージが良くない。マルチ商法は違法ではないのに。 かくいう私もマルチの世界に一時、身を置いていたことがある。 マルチはいわゆるネットワークビジネスで、どうしても人と人との繋がりが必要になっ…

お正月の思い出

年が明けると、歳末の慌ただしさが一変して、ゆったりと時間が流れる気がしていた。親戚も少なかったので、年始の挨拶回りもすぐ終わるのが常。 お年玉も、小さい頃は自分で使える権限はなかったし、自由に使えるようになっても、正月は今のようにお店は営業…